羊聖杯戦争のリプレイのようななにか⑦
【Ending】
魔剣士が剣を構えながらこう切り出す。
「さて、聖杯の在処も知れたことだ。そろそろ、この同盟も解消するべき頃合いなのでは?」
「セイバー、もう、いいんだ。」
完全に虚を突かれた顔をするセイバー。
その声の主はセイバーのマスター、一ノ瀬幸助だった。
「確かに、僕は報われない男なんだろう。妻と子供を殺され、ただ運命を憎むことしかできない哀れな男なんだろう。そんな男が、幸せな時間を取り戻すことを願ってなにが悪いんだよ。この先、真っ暗な道を一人でどうやって進んでいけばいいんだよ!」
男は大粒の涙をこぼしながら続ける。
「でもな、でも…。もし、聖杯を使って願いをかなえたとして、人の幸せを踏みにじってまで、自分の幸せを優先したとして、はたして妻は、子どもたちは、それを喜んでくれるだろうか…?」
男は枯れかかっている声を振り絞る。
「僕には…そんなことできない。本当の幸せは、もう戻ってこないことくらい、わかってるさ。だからさ、聖杯はもう、諦めるよ。」
「本当にそれでいいのか?」
男は少し間を開けた後、深くうなずいた。
「フン、全く呆れた男よ!意気地のないにもほどがある!我が聖杯を獲得した暁には受肉して人間界を再び支配してやろうと思っていたのにな!計画が台無しではないか。」
魔剣士は向き直って他の者に告げる。
「お前たちはどうするのだ?」
硲巽はともに戦ってきた友のほうを向いた。
彼はまだ戦い足りなさそうだったが、どこか満足そうな顔をしている。
突然、狂戦士は右手を胸のあたりまで上げると、拳を固め、親指を突き出した。
グーサインだ。
少年は、晴れやかな笑顔で同じポーズをとった。
そして、彼の姿がおぼろになり完全に消えてしまうまで、互いに友情を確かめ合うかのように、そのポーズを変えることはなかった。
「おい、兄貴。」
ポルックスはマスターに呼び掛ける。
「俺のことはいいからよ、妹さんを迎えに行ってやれよ。」
「でも…」
「いいっていいって、俺もあんたに神妙な顔されながら見送られるのはごめんだ。」
黒霧長人は困った顔をする。
そんな時だ。縄に縛られたままの四象道人が芋虫のように体をくねらせながら、弥生のいる研究棟へ向かっている姿が視界に入った。
「おいおい、早くいかねぇとあいつに奪われちまうぞ!」
あわてて長人は妹を迎えに行った。
一人きりになったアーチャーはつぶやく。
「頼りねぇサーヴァントですまねぇな、マスター。でもよかったじゃねぇか。俺が失ってしまったものを失わずに済んでよ。絶対、守り通して見せろよ。」
そういい終わる頃には彼の体は虚空に消えていた。
少女は桜の花びらが舞い散るのを見た。
「ちぃちゃん、憶えていますか?クレープ屋さんとかメイドカフェとか、よく二人で遊びに行きましたよね。」
なにか胸のあたりに違和感を感じる。
「私が一方的に連れまわすばかりでしたけれど、ちぃちゃんは楽しんでもらえましたか?」
黙ってうなずく。
「それはよかった。でももう長くはなさそうです。ああ、三丁目のクレープ屋さんのスペシャルクレープ、おいしかったなあ。もう一度、食べたかったなー。」
いつもならお腹がすくような話題だが、それ以上に胸のあたりの違和感の方が気になる。
お腹がすくような感覚に近いけれど、どこか違うようなこの感じ。
「そんな悲しい顔しないで。私まで悲しくなってしまうではないですか。」
ランサーはうっすら涙を浮かべている。
「でも、大丈夫、私たちは友達ですから。いつかきっとまたどこかで巡り合えますよ。」
視界がすこしぼやける。
「また会いましょう、ちぃちゃん。・・・ううん、マスター。大好きですっ」
この言葉に、ほんのすこしだけ満たされる感覚を覚えた。
季節外れの桜の樹は、静かに、そして晴れやかにたたずんでいる。
その花びらは、風に吹かれて暁の夜空へと流れていくのだった。
こんこん、と部屋をノックする音が聞こえる。俺は返事をすると、扉が開き、弥生が本を読んでいる俺のためにコーヒーを持ってきてくれた。ありがとう、と言うと、彼女は少し微笑んだ。彼女は俺が何の本を読んでいるのか気になるのだろう、横からのぞき込んできた。やわらかな髪、きめの細かい白い肌、触れただけで壊れてしまいそうな華奢な体つき。髪がはらりと俺の頬に触れるのを感じる。その髪のある所に手を伸ばすけれど、その手は空を切るだけだ。やっぱり俺には触れることができない。
なんとなく、彼女は近い未来俺のもとを離れていく気がする。でも、それでもかまわない。失った日々を取り戻すために、これからの避けられない別れのために、一日いちにち、俺たちは幸せをかみしめていくだろう。